The Sims 4 #2 バビロンの夜
カウンターで飲んでいた中年の大柄な男性客が、黙々とグラスを磨いていた彼に親しげに話しかけた。
— World System: Origin-E #19
「レイ、あっちで歌ってくれないか?」
レイ・ライノットというのが、ここで雇われるに際して彼が適当に名乗った偽名であった。咄嗟にそれらしいフルネームなど思いつかなかったから、たまたまその日見た二十年も昔のB級ホラー映画の主人公から拝借したのだったが、おそらく誰も気が付かないだろう。
「は、歌?」
顔を上げて胡乱げな視線を遣ってしまってから、彼は眼前の男の顔を思い出した。
この客は昨夜も来ていて、件の常連だという老人ほどではないにせよ、結構なチップをくれたのだ。
「俺、バイオリン屋なんだけど……」
「知っているが、楽器は間に合っている。下手でもいいんだ、君の声が聞いてみたい」
と男は顔を間近に寄せて微笑んだ。
あのチップはバイオリン演奏の評価ではなかったのか、とレコは内心大いにがっかりしながら店長の姿を探したが、バックヤードに籠もったきりで出てこない。特にバイオリニストが歌ってはいけないとも言われていなかったので、頷くと、ステージの方へ行った。
「リュリュ、アラン、次は『The Hermit』を伴奏してくれ。レイに歌わせる」
客は既にかなり酔った顔で、この国の有名クラシックロックバンドのバラードをリクエストする。
「レイ、歌なんて歌えるんすか?」
アランに耳打ちされて、レコは苦笑した。
「仕方ねえだろ……」
アランのアコギがイントロのアルペジオを弾き始めたが、レコは肘で突いて囁いた。
「おい、原キーで弾けよ、イ短調だろ?」
アランはときどきこの曲をリクエストされて弾き語りをしていたが、サビのボーカルがかなりのハイトーンだったので、キーを下げていたのだ。
「え——」
イ短調と言われても、ギター少年には咄嗟にピンとこなかったらしい。
「Aマイナー」
レコは言い直し、アランはギターに付けていたカポタストを調整しようとしたが、後ろからピアノ弾きのリュリュがクレームを付ける。
「ちょっと簡単に言わないでよ、いつもこれでやってんだから」
「弾けねえの?」
悪気もなくレコは聞いたが、どうやら音楽家のプライドを傷付けてしまったらしい。
「は、余裕で弾けるけど? わかった、イ短調ね」
とリュリュは鼻息荒く宣言して、アランが改めてイントロを弾き始める。リュリュがなかなかの腕前でピアノを添え、レコは隣の丸椅子に座って脚でリズムを取りながら、哲学的な歌詞を歌い始めた。
ゲーム内ではチャドの経営するスモールビジネスとして実働しているこのバー、三人とも堂々と素性を明かして(?)働いている。
アタシの顔が見えない上にスカートが突き抜けてるんだけど!?
